雑司ヶ谷発~スマイリントーク
生まれ育った雑司ヶ谷で あぶたんが個人的な体験や昭和30年代の思い出を語ります。
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昭和30年代の子供達 ろう石
小学校3年生の時の遠足だか移動教室だかで長瀞に行った。
豊島区の施設があったからだ。

施設の間取り図に「テラス」という言葉があった。
当時の子供達には初めて聞く言葉だった。
誰かが「テラスってきれいなんだぜ!」と
でかい声で叫んだ。
「テラス」はきれいな場所なんだ~ということで落ち着いた。

長瀞はご存知の通り、岩と川の織り成す風景の美しい所だ。
でも記憶にはない。
記憶にあるのは施設の「テラス」とお土産の「ろう石」だ。

「テラス」は別にきれいでも何でもなかった。
当時の子供達はこんなもんだったのだろう。
横文字はかっこいいと思い込んでいたと思う。

長瀞の川へ行く途中に土産物屋がいっぱい並んでいた。
そこでビニール袋にいっぱい「ろう石」が入った土産が売っていた。
かなり大勢の男子が買っていた。
当時の子供でも買えたのだから安かったのだろう。

あの頃の子供達にとって「ろう石」は必需品だった。
道路にベースやプレートを描いて三角ベースの野球
道路に描くケンケンパッの丸い枠
道路に描くチェリングのゴール
道路に描くゼロ戦や一式陸攻
雑司ヶ谷霊園の壁に落書き等々
あちこちにろう石で描きまくっていた。

思えば道路は遊び場だった。
成長とともに道路で遊ばなくなり
いつしか道路は車のものになった。


テーマ:東京 - ジャンル:地域情報

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